いよいよ、2016年もあと1日となりました。
今年1年を振り返ってみますと、とても言葉に言い表すことができませんが、今日はなかば自己満足で記します。
本当にいろんな出来事に巡り合いましたので。
1月・・・大寒波による水道管破裂。 1週間のタンク水での作業。
3月・・・太鼓芸能集団「鼓童」との共演(桐生市)。
そして、3年間勤めてくれた「ミカモト君」の退社。
4月・・・嫁と子ども2人が3か月の奈良生活へ。
5月・・・消防操法大会の出場。
7月・・・商工会青年部の主張発表出場。
ゲリラ豪雨により、工房浸水。
8月・・・「広島島根神楽面作家交流展」出展。
そして、、、9月。
起きてしまった、交通事故。
両親と子ども2人が乗った車が、反対車線をはみ出してきた車にぶつけられ、救急車3台出動する大事故に逢いました。
幸い、命に別状はありませんでしたが、母は2か月間の入院生活。子どもたちもケガをお負いました。
11月・・・94歳の祖母、死去。
と、この1年であまりに多くの出来事を経験してしまいました。
特に事故の一報を受けた時は、「もう、これまでか・・・」と、覚悟を決めました。冷静に対応しようとしましたが、、、あの時のなんとも言えない胸のざわめきはそう簡単には消えません。
でも、嬉しいこともたっくさん、ありました。
まず、3人目の子どもが生まれました。
とても厳しい状況の中を、嫁も子どもも命がけで、本当に必死の思いで、乗り越えてくれました。
医療の力では説明できない奇跡も起きました。
しかし、多くの先生方、見守ってくれた嫁の両親や私の両親、そして2人の子どもの力があったからこその出来事です。
今、元気いっぱいに育っています。
そして、私自身にも、家族全員にも、とんでもないパワーを与えてくれています。
家族全員に「感謝」の気持ちで胸いっぱいの毎日です。
そして、3月には、私の指導団体「京都瓜生山舞子連中」のOB・OGメンバーであるD君とIちゃんが結婚しました。
また8月には、元:鼓童メンバーのTっちゃんが、結婚しました。
いずれも、神楽がつないだ縁です。
念願だった、「鼓童」さんとの共演も叶いました。
これは、本当に、夢のまた夢の、また夢。。。
「いつか、共演できたらなぁ」なんて、学生時代、何千回、何万回と考えて、どんだけため息をついたことか。
でも、叶いました。
いや、正式には、、、つなげていただけました、多くの神様に。
11月に祖母も亡くなってしまいましたが、通夜・葬式に多くの方が参列くださいました。
そして、親戚も遠いところから集まりました。
通夜が終わって祖母の家で打ち上げ?みたいな飲み会で、「あんたのお父さんの~、お母さんの~、兄妹の~、子どもの~」って、皆で家系図追っかけての話題で盛り上がる。
そう、みんな、つながっている。
人が亡くなることはとても寂しいけど、だからこそ、「つながり」を確認しあうことができる。
そして、交通事故から3か月経ちましたが、家族は皆、元気にやっています。
つまり、2016年を振り返りますと、、、
「難有り」
逆に読むと、「有難い」
多くの「難」、有りました。
でも、それは、とても「有難い」ことだったんです。
いま、家族は、皆、元気です。
決して、とても強がりだっとしても、「裕福」とは言えません。
でも、「幸福」です。
これほどまでの「幸せ」はありません。
水害に遭い、事故に遭い、身内の不幸に遭い、、、まさに「不幸続きの男」と、人は言うかもしれません。
「あいつ、呪われてないか」とも思うでしょう。
残念ながら、違います。
朝起きて、横に子どもが寝ています。
外に出ると、父親がいつものように水やりをしています。
母から、ちょっとしたことで電話がかかります、「雨降ってきてるよ」と(笑)。
こんな「当たり前」の生活。
でも、それが、一番、「難しいこと」だということを、気づかされました。
そして、そのとても難しい「当たり前の日々」こそ、「幸せな日々」といえるのではと感じました。
もっともっと、1日1日を味わいたい。
今、そんな思いです。
だから、2016年は、「難有りの、まさに有難い1年」でした。
小林工房も、ついに10年目に突入です。
まだまだこれからですが、皆様にとって「幸せ」だと感じるものを生み出していきたいと思っています。
神楽面で作るのではなく、神楽面職人として作る!
究極を求めていく1年にしたいと思います。
2016年、本当にありがとうございました。
来る年もまた、何卒よろしくお願いいたします。
2016年12月31日
小林泰三